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2011年5月 5日 (木)

文化としてのリハビリテーション

学生や駆け出しの頃は「リハビリテーション」とは技術のことだと考えてました。技術職として高い技術を身につける必要性を強く感じており、それは今でも変わりません。

しかし、地域での事業を行うにしたがって、それだけでは全く不足しているように感じるようになった。

最近は「リハビリテーションは文化でもある」といった考え方を持つようになった。

在宅でご利用者に「どんな生活をおくりたいですか」といった旨の話しをしても、上手くまとまらず、場合によっては「長生きしすぎた」「なにも望みはない」という答えが帰るときもある。

在宅を経験しているものなら、多少の違いはあれど経験する場面であろう。

このような場面においても、ご利用者の人生経験や環境を考慮して、真のニーズを導き出すことが、在宅リハに関わる職人の腕の見せ所でしょう。

しかしながら、地域によってはリハビリテーションの理念がなかなか理解されず、高齢になったことに対する諦めが、本人のみならず、家族、場合によっては地域社会にまでおよんでいることを感ずるときがある。

曰く「歩けなくなったらお終い」「デイに通うようになったら最後」「後はお迎えを待つばかり」
日本人の寿命が短期間に伸びている状況に、今までの習慣や生活文化が追いついていない。

「そうではない!」と我々は言葉だけでなく、行動や実証でそれを示すが、それでもなお残念な場面はある。

地域リハビリは少数の専門職だけが、がんばっていても効果性は必ずしも高くない。高齢者や障がい者の自律した生活を受け入れる度量も地域に必要となる。

「高齢者の生活は危ないから施設に」このような考え方だけではなにも生まれない。魅力的な地域には成りがたい。

地域リハビリをすすめる為には、在宅での技術も大切だが、地域でのリハビリ文化(もしくは高齢者が自分らしく生きていく文化)とでも呼べるものが必要と感じる。

「年を重ねても、障がいがあっても、住み慣れた場所で自分らしく生きる」このような当たり前のことが、まだまだ地方には充分に浸透していない。

このようなリハビリ文化を育むのも我々の重要な役割であろう。

人間はリハビリテーションするのが(運動じゃなくてね)当たり前といった認識を少しでも広げていきたい。

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